二日かけて登った槍ヶ岳を一日で降りてくる。
そういう意味では、三日目が一番きついかもしれませんね。
そう隊長には言われていた。
確かに、そうだったかもしれない。
三日目を迎える夜は穏やかであった。
穏やかだったけど、一気にたっぷりとぐっすりと眠れた。
というわけでもなかった。
緊張と興奮がそうさせたのだと思う。
2時間睡眠三日目ともなれば、
落ちるように眠りについてもよさそうだが・・・。
ただ、まぁ、歩けるし、動けるし、問題ない。
5時出発を念頭に、3時過ぎからそろそろと準備を始めればいいかな。
4時からでもギリ、間に合うかな、ギリは良くないな・・などと考える。
朝飯に30分、着替え身の回りに30分。
テントの撤収30分。
水やら、靴やら、行動食やら、余裕をもった準備の時間をとる。
慣れていないから、時間がかかるのだ・・・。
殺生ヒュッテを後にする
AM:5:30
昨夕槍の登頂後に降りてきた道を上がる。
下りは20分だが、登りには40分かかる。
頭には、ヘッドランプ。
帽子の上につけたヘッドランプは
帽子のつばが邪魔して足元に光が届かない。
ほら、経験不足のやることはいちいち勝手がうまくいかなかったりする。
登りの途中で陽が登る。
槍ヶ岳よさらば。
殺生ヒュッテよ、さらば。
北アルプスの山々に今日の陽がさす。
岩の道をひたすらひたすら下っていく。
6人縦隊の4人目。
最も遅い人のペース、体力に合わせてくれる・・・。
とはいえ、帰りのバスの時間は決まっている。
できればバスに乗る前に温泉でひと風呂浴びたいというのが
全員の切なる願いである。
風呂の後でビールを飲みたいのが願いである。
温泉!温泉!ビール!ビール!を合言葉に下り道を下る。
飛騨乗越え、6:30
登ってきた西鎌尾根ではなく、
沢沿いを一気に新穂高温泉に向かうコース。
後ろ、5人目を伊藤先輩。
プロのカメラマン。にしてキックボクサー。
その後ろ、しんがりを濱達人。
濱達人の専門は沢登り&フィッシング。
年間50張りのテント生活。
雨のなかでも暗がりでもテントを張れる域だという。
Noトレッキングポールで、腕を組みながら北アルプスを登山している。
沢登りは魚の聖域を求めて山中の道なき道を歩くこともあるのだという。
子供のころに読んだ「サスケ」の父ちゃんを思い出す・・・。
遅い新米の後ろで余裕の2人の格闘技談義・・・。
参加したいが息が上がって参加できない自分が恨めしい。
槍ヶ岳の影が朝の日を受けて山に落ちる。
歩きだしたとたんに休憩したくなる。
体力。がほしい。
体力は「筋力」と「持久力」と「柔軟性」で構成されていると教わった。
持久力には「心持久力」と「筋持久力」があると教わった。
「心持久力」は「心肺機能」の持久力。
持久走が得意かどうか。って話。
「筋持久力」は筋肉の持久力。
こちらは、どれだけ長く鉄棒にぶら下がっていられるかどうか。
という話・・・。
いまの自分にはどちらも乏しいのだ。と自覚する。
山道の間の水場。
「ちょっと飲みますか?」という隊長の問いかけに、
間髪いれずに「飲みます!飲みます!」と坂上二郎ばりに答える。
AM:8:10
途中、いくつか沢を横切る。
横切る際に視界が開け、遠く降りてきた山々が見える。
地下を流れていたいくつかの水脈が合わさり、
地上を流れる沢になる。下りながら徐々に勾配は緩くなり、
沢のほとりを歩くようになる。
帰りのバス、ビール、温泉の時間を計算に入れながらの歩き。
単調な下りの連続に、徐々に皆の口数は少なくなっていく。
AM:10:00
3000メートル級の山々がさらに遠くになった。
歩き始めて4時間半。
1地時間ごとの休みよりも、後れを取り戻すペースで歩く。
滝谷避難小屋あたりが一番つらかったかな・・・。
"少しだけ耐えられるということ―――――――"
"それは永遠に耐えられるということ"
という言葉を何度も繰り返してかかとの痛みをうっちゃる。
いや、漫画の中のセリフ。
「餓狼伝」を読んでいてよかった。
おかげで、
自分のおかれている状況を容易にポジティブに置き換えることができた。
おめでたいといえばおめでたいが、
おかげて愚痴ったり弱音を吐いたりしなくて済んだ。
この痛みが今、俺をたくましくしてくれている・・・・。
って、やっぱりおめでたいわ・・・。
人生の中で漫画が与えてくれた影響は大きい。
「エースをねらえ!」「スラムダンク」「BANANA FISH」・・・
漫画、万歳!
白出沢出合をすぎて、
林道に入る。3日目の一気下りの苦難をひと山越えた。というところ。
道がフラットになり、一行の気分がカラリと変わった。
しばらく歩いて、穂高平小屋。
12:00
ここでは休まないのね。と肩透かし。
こんなところで休んでいる場合ではない。
この先に、温泉と生ビールが待っているのだ・・・。
OK!OK!
縦一列の隊列がゆるみ、横になり、前後になり、
雑談のボルテージが上がっていく。
みな余裕綽々である。
気分はついていくが、足がついていかず、
徐々に後れをとる・・・。
ほぼ、予定通りの時間で新穂高温泉に到着。
靴を脱ぎ、着替えを取り出し、温泉に入る。
温泉で3日ぶりに頭を洗い、顔を洗い、湯につかる。
たぶん、このために山に登っているのだ。
体をさすり、痛みはないか失ったものはないか確かめる。
少しずつ自分を取り戻しながら、「安堵」やら「平穏」や「日常」を取り返す。
あとのビールはおまけ。
ラーメンもカレーもおまけ。
直近の経験を思い出す頭と目の前の楽しみを鑑賞する頭が交錯する。
忘我の中でわいわいと幻が通り過ぎていくだけ・・・。
バスの中で3日分の筋肉痛の始まりを感じる。
新宿に向かうバスの中でも、あまり眠らなかった。
眠らなくても済むのだから、眠らなくてよいのだ。
油断するなと、登山初心者の体が言っているのだ。
台風が過ぎていった後の3連休。
登山から戻ってきてから、また台風がやってきた。
山のギアたちのメンテナンスを合間の晴れ間に行う。
靴ずれのかかとも記録しておこう。
次の山登りに時には早めにテープを張ろう。
ケチらずにいいインナーを買おう。
そして、
フラットフッティングを身につけるのだ。
何よりも体力を身につけるのだ。
心持久力をつけるのだ。筋持久力をつけるのだ。
おれも、雑談に参加するぞー!
ぐっすり眠れる余裕の精神は、余裕の体力がもたらすのだ。
余裕が余裕を生むのだ。
山登りが教えてくれることは多い。
2013/10/hittaka@desk